大化の改新、荘園制度の発達、武家政権の誕生を通し、税は基本的に米を中心とする物納が主体でしたが、明治政権が誕生してからは、金銭による納税が始まりました。
明治時代の最初の税制は地租に風邪するものでした。すなわち、地主制度に基づき、地主の所有する土地の値段を政府が決め、それに対し、3%を課税し、金銭で支払うもので、明治初期には、全税収の80%を占めていました。
続いて、今日の法人税、印紙税、酒税、たばこ税のさきがけになる税も創設されましたが、税収に他する比率としては低いものでした。
明治20年には、日本で始めて所得税が誕生しました。高額所得の銀行家や高級の国家公務員が加わり、12万人が対象者となりました。
明治の終わりには、所得税の課税対象者は広がりましたが、税収の10%までに伸張しました。
大きく税収に占める比率を伸ばしたのは酒税で、30%を占めていました。
逆に、地租は20%代にまで、比率を落とし、主役の座を明け渡しました。
大正時代から昭和初期を通して、最も変貌したのは所得税でした。
何度も改正を重ね、大正末期には180万人が納税者となり、昭和の始めまでには、税収の20%に迫るまで伸張しました。
昭和10年には酒税を抜いて税収比率でトップに立ちましたが、依然として、非課税ラインが高く、全体に占める納税者の比率が大きくなく一般庶民にはまだなじみの薄い税となっていました。
それが、画期的に変わるのは満州事変(昭和6年)から太平洋戦争開戦(昭和14年)をきっかけに大きく変化が起きました。
この時期に戦費の調達のため、ほとんどの人が所得税を払うように税制が改正され、昭和14年には400万人であった納税者が昭和18年には1800万人に膨れ上がっています。
所得税の劇的な変化に大きく寄与したのが源泉徴収制度でした。
世界でも類を見ない源泉徴収制度では皆さんもご存知のとおり、税務当局の代わりに会社が徴税の事務負担をするので取りっぱぐれがありません。
さらに、給与所得だけでなく、配当所得、利子所得なども厳選され、所得税の国税に占める割合は終戦直前には30%にも上りました。
戦後はGHQが持ち込んだ民主主義は税制にも大きく影響を与えました。
アメリカからやってきた税の専門家のシャウプ博士の使節団が作成した「シャウプ勧告」に基づき大改革が行われました。
「シャウプ勧告」の理念は「税は恒久的、安定的でなければならない」というもので、直接税の安定に尽力し、その結果、昭和20年代末には、直接税である、所得税、法人税、相続税が国税の60%を占めました。
平成にはいってから、日本の経済成長はぴたりと止り、バブル経済の崩壊とともに直接税による税収の伸びもとまり、さらには深刻な不況により、減税を繰り返さなければならない非常時に入っていきます。
この中で登場したのは間接税である消費税した。(平成元年導入3% 平成9年5%)
年金、福祉等の社会保障費の負担増に対応すべくさらに税率を引き上げる議論がさかんであるが、逆進的性格のある税でもあり、政府の支出の削減努力などを優先し、慎重な対応が望まれるところである。
ちなみに、平成17年度予算ベースでは、国税収入に対する比率は、所得税33%、消費税25%、法人税25%となっている。